税理士 花田直子

1974年生まれ トラ年生まれ B型に間違われるA型

  • 長所:

    猪突猛進

  • 短所:

    あまり深く考えない

  • 趣味:

    エンドレス散歩・仕事・歴史の研究

経歴

  • 1974年愛知県知多市生まれ

    両親は島根県の出雲市出身。父は終戦の年に満州で生まれ、祖母は父を連れソ連兵に追われながら命からがら逃げ帰った。祖父はシベリア抑留。祖父母は終戦後貧しさの中でたくましく生きた人。父も母も貧乏だったが真面目で一生懸命働いていました。

  • 小学生時代

    朝の6時から夜の6時まで、外で遊びまくり、顔が真っ黒に日焼けして見えないほどに。
    「直子ちゃんと遊ぶと、宿題ができないから頭が悪くなる」と言われたほど野生児でした。遊びの内容は、秘密基地を作って、ザリガニを釣ったりしていました。

  • 学校に馴染めない

    小学生・中学生では学校に馴染めず、指折り卒業の日を数えるほど嫌な毎日でした。
    小学生の頃は教室から追い出されたりしていましたが、そのことを怖くて親には言えませんでした。空想に生き、忍者になりきり修行をしたり、小説を書いて投稿していました。

  • 高校時代

    とてもいい友達・先生に出会って楽しい学校生活を送っていました。将来なりたい職業は獣医でしたが、うちはお金がないから大学6年は無理と言われていたのであきらめていました。

  • 大学時代 筑波大学へ進学

    バイトと学業と部活動の両立に、体力の限界を挑んでいた日々です。この頃から自分で働いて自立して生きていきたいと強く思い、1日15時間は当たり前に働くし、勉強も部活も寝る間を惜しんで取り組んでいました。このときのハードな生活によって、精神も体も鍛え上げられ、ちょっとのことではくじけない力をつけてもらったと思います。非常に多くの人々から可愛がって頂き、社会のあたたかさを感じた4年間でした。

  • 会計事務所に就職

    数社の企業から内定をもらっていましたが、「働きながら資格を取れる!」という言葉に惹かれ、なんの資格かもあまり調べずに入社し、仕事と勉強の日々が始まりました。税理士試験は働きながらは大変な試験でしたので、仕事と勉強しかしてませんでした。
    社長達がすごく基準の高い仕事をされていたので、それが今に生きています。感謝しかありません。

  • 結婚・出産

    24歳で結婚し、税理士試験をしながら二人の娘を出産もしました。法人税法の試験は臨月だったので、お腹のせいで机が遠くて辛かったです。育児と試験の両立は大変で、その頃の記憶はあまりないくらいです。出産のときに入院するときも簿記論の教科書を持っていきました。生む1週間前まで専門学校に行ってました。。
    そのかいあって28歳のとき5科目合格できました。

  • 開業

    深く考えないので、お客様も経験もないのに、看板を作って開業しました。自宅の一室を事務所に、とよく言いますが、自宅の一室の中の机のスペースだけが事務所の状態でした。
    お客様がいないため、子供をおぶった状態で名刺を持って近隣の飲食店を飛び込み営業でまわっていました。今思うと恐ろしいです。。誰も頼みたくないでしょう。。
    仕事がなさすぎて派遣社員として年末調整したり、不動産屋さんのバイトもしていました。

    それでも仕事がほしいという強い思いがあるとチャンスも巡ってくるのです。
    不動産屋さんでバイトしてるときに知り合った社長さんから、そんなにやる気があるのならと、お客様をご紹介いただきました。
    最初のお客様からは「おい、ねえちゃん!」と呼ばれました(笑)
    社長もなんと呼んでいいのかわからなかったのでしょう。今ではその会社は2代目になられ、2代目の息子さんが立派に事業をされています。

    そんなこんなで、プライベートでも引っ越しは3回もあり、引っ越しのたびに忙しすぎて夜中に夜逃げのように移動するなど、ドタバタしながら子育てと仕事の両立に邁進していました。
    途中、夫が会社員から独立し、同業で開業したので、だいぶ手伝ってもらえるようになりました。夫婦別の個人事業でした。

  • 2011年 税理士法人化

    事業は拡大の方向へ。ここから一気にお客様も増え、社員を採用しはじめます。
    採用・育成の方法もわからず、近くのママ友に声をかける(今で言うリファラル採用?)、新聞広告を出すなどして、社員も増加していきました。
    経理代行・コンサルティングを始めたのもこの頃です。

  • 2015年~2020年

    激務とともに、社内での問題も色々起こるようになります。書き尽くせませんが失敗を重ねたことにより、経営者の苦労、経営の本質というものを本当の意味で理解し始めた頃とも言えます。経営者が経営の勉強をしないで経営するとこうなっちゃう、というブラックモデルを自ら体験したと言えます。しかし、それは自分の血となり肉となっています。これからも色々あると思いますが、乗り越えるために来ると思います。
    IT化・クラウド化もガンガン進めていました。

  • 2018年

    知多事務所を増床。増床に伴い、事務所兼住宅からまた逃げるように引っ越し。
    このとき高校生になっていた娘二人は、初めて社員さんのいないプライベート空間ができて驚く。(これまで社員さんにも育ててもらっていたようなものでした)

  • 2020年 名古屋事務所を東区葵⇒中区(金山)へ移転。

    金山は交通の便が優れており、知多事務所との連携もはかりやすく、最高の立地です。
    移転して広くなって本当によかったです。人もどんどん増加。

  • 2022年 社会保険労務士法人葵パートナーズ設立(社労士資格者3名に)

    顧問先のニーズもあり、ほそぼそと行っていた社労士事務所も法人化しました。
    資格者は3名おります。

  • 2023年 知多事務所を新たに新築・事業をさらに拡大。

    元の事務所から徒歩1分の好立地です。そして、せっかく広くなった名古屋事務所も手狭になってきています。。。←今ココ

    現在社員数35名